福岡高等裁判所 昭和43年(ネ)398号 判決 1970年5月28日
控訴人 旭相互銀行
理由
一 被控訴人らの請求原因事実は、別途に毎月日歩三銭の割合による利息(以下「裏利息」という)の支払いを受ける約定がなされたとの点を除いて、当事者間に争いがない。
そこで次に控訴人主張の抗弁につき判断する。
二 担保契約の主張について。
控訴銀行が、訴外久富義之に対し、昭和三七年一二月二七日、金一五〇万円を弁済期同四二年一二月二七日利息日歩二銭、右元利金の弁済方法として同訴外人は日掛金三、〇〇〇円をなす約で、更に同三八年三月一五日、金一五〇万円を弁済期同四三年三月一五日利息日歩二銭、右同様の弁済方法の約で、それぞれ貸渡したことは被控訴人らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。
そして、《証拠》によれば、本件各定期預金がなされた昭和三七年一二月二七日及び同三八年三月一五日の各当日、右各預金がなされたのと同時に坂本スミ子目崎タエ子を除く被控訴人ら及び一審原告亡山口ヤスエ(以下これらを便宜上本件預金者らとも称する)から、控訴銀行に対し「担保差入証」と題する書面が差入れられたこと(但し、本件各預金契約と全く同様に被控訴人山口一馬及び同中島利夫がそれぞれ他の者を代理して)、右各担保差入証には、その冒頭に「債務者久富義之が貴行に対し現在負担し、又は将来負担することのある(省略)金銭消費貸借契約による債務(省略)その他一切の債務の担保として、次の条項(省略)承認の上末尾記載の物件を差入れます。」、続いて第一項として「借主が貴行に対する債務の履行を怠つたとき又は諸注定書の条項に違背したときは、債務はすべて期日到来したものとみなし、法定の手続によらずいつでも任意に担保物件を処分し、その代金をもつて元利金その他諸費用損害金に充当し、又は代物弁済としてその担保物件を取得されても異議を申し出ないのは勿論、万一不足を生じたときは直ちに追償します。担保物件処分の時期、方法及び価格については貴行に一任し、これに要する費用及び書類等は請求次第差出します。」旨記載され、末尾の担保物件欄には、本件預金者らの各定期預金証書の内容が記載されていること、そして本件各定期預金の証書は、裏面の預金受領者欄に各預金者の印が押捺されたうえ、右担保差入証と一緒に全部控訴銀行に差入れられ、控訴銀行においてこれを保管することになつたこと、が認められる。
以上の事実を総合すると、本件預金者らと控訴銀行との間で、本件定期預金債権のうち昭和三七年一二月二七日預入れの分計金一五〇万円についてはこれを前記久富の同日借受分金一五〇万円の債務の担保とし、また昭和三八年三月一五日預入れの分計金一五〇万円についてはこれを同じく久富の同日借受分金一五〇万円の担保として、それぞれ質権を設定し、質権実行の方法としては、債務者の久富が債務の履行を怠つた場合控訴銀行は一方的意思表示によつて本件定期預金契約を解約し同時に右預金債権を控訴銀行に帰属させることができるとともに、その範囲において、当然被担保債権が消滅する旨を特約したものと解するのが相当である(以下右契約を単に本件担保契約という)。以上の認定を覆すに足りる証拠はない。
三 そこで、以下被控訴人らの再抗弁につき判断する。
(一) 通謀虚偽表示の主張について。
被控訴人らは、被控訴人山口一馬、同中島利夫は(他の本件預金者らの代理人をも兼ねて)本件各定期預金をするのに際し、控訴銀行荒尾支店支店長厚地重久から、本件定期預金は久富の債務の担保にはしないがしかし五年間は預金を続けて貰いたいこと、その間預金者が預金契約を解約したりしないことを確保するため控訴銀行で預金証書を預るが、その趣旨で担保差入証を差入れて貰いたいとの申出をうけ、同被控訴人らもこれを了承して担保差入証を差入れたもので、右は本件預金者らと控訴銀行が通謀して担保契約を仮装したものである、と主張するのでこの点につき検討する。《証拠》を総合すると、
「訴外久富義之は大牟田市内で料亭を営んでいた者であるが、右料亭の建物を所有者訴外井ノ口滉から買戻すにつき、買戻資金及び運転資金に充てるため、昭和三七年一一月頃控訴銀行荒尾支店に対し金三〇〇万円の融資の申込みをなしたところ、同支店から、融資をするについては融資額に見合うだけの定期預金者を紹介されたい旨の回答があつた。被控訴人山口一馬は、生命保険会社の地方支部長をしている者で、それまで右久富の料亭に客として二、三回訪れ、同人と面識の間柄であつたが、その頃、たまたま右料亭で客の接待をした際、右久富から、右事情につき説明を受け、正規の銀行利息のほかに日歩三銭程度の裏利息が出るから資金提供者を紹介されたい旨の依頼を受けた。被控訴人山口は、その後久富の度重なる要請により、利殖の方法として場合によつては自ら預金をしてもよいとの考えから、久富と共に数回にわたり控訴銀行荒尾支店支店長厚地重久に面会して説明を受けたところ、厚地支店長は、控訴銀行としては、定期預金を担保に久富に融資をする意向であること、つまり右被控訴人らの預金は結局久富の債務の担保に供されることになる旨説明したので、被控訴人山口は、そういうことであるならばもう定期預金はしない旨を右厚地、久富の両名に対し言明した。しかるに、その後程なく、右久富及び前記井ノ口からのたつての要請により、被控訴人山口一馬は、右両名と共に再び厚地支店長に面会する等した結果、改めて定期預金をすることを決意し、他の銀行から貸付を受けて得た金員や、被控訴人坂本利秋(同山口一馬の義父)から預り保管中の金員等のうちから金一五〇万円を、昭和三七年一二月二七日、控訴銀行荒尾支店に対し本件定期預金にしたので、前記久富は同日同額の融資を得ることができた。なお、久富の控訴銀行に対する借受金債務については、当初は本件定期預金以外に担保は予定されていなかつたが、被控訴人山口一馬が前記のとおり前言を翻して預金を決意するのと相前後して、訴外井ノ口滉及び同人の弟訴外井ノ口清蔵がこれを連帯保証し、更に井ノ口滉がその所有の不動産(久富が料亭として使用していた建物)に抵当権を設定することに話が決まり、右一二月二七日その旨の契約がなされ抵当権設定登記もなされた。しかして、控訴銀行荒尾支店に被控訴人山口一馬名義の普通預金口座が設けられ、以後昭和三八年五月頃まで毎月初めに日歩三銭に相当する預金額の記入がなされるようになり、訴外久富の日掛三、〇〇〇円の支払いも同月頃まで一応順調に払込まれていた。
次に、被控訴人中島利夫は以前被控訴人山口一馬と近隣で旧知の間柄であつたところ、昭和三八年二月頃、同被控訴人から控訴銀行に定期預金をして裏利息を得る話を聞きその紹介で訴外久富や厚地支店長に会つて説明を受けた結果、定期預金をすることにした。そうして、自己の貯金等から金一〇〇万円を用意し、また被控訴人山口一馬も金五〇万円を用意して、本件昭和三八年三月一五日の計金一五〇万円の定期預金をした。これにより、同日訴外久富は控訴銀行から同額の融資を得ることができた。しかして、前同様、久富の右債務につき、訴外井ノ口滉、同井ノ口清蔵が連帯保証をし、かつ同一不動産に次順位の抵当権設定登記がなされ、また控訴銀行荒尾支店の被控訴人中島利夫名義の普通預金口座に、その後毎月初め頃日歩三銭に相当する預金額の記入がなされた。」
以上の事実を認めることができ、これを左右する証拠はない。
ところで、本件において、控訴銀行の厚地支店長が、当初から定期預金を担保として久富に融資をする意向であり、その旨被控訴人山口一馬に再三言明していたこと、及び、当初同被控訴人は定期預金が右久富の債務の担保に供されることを肯んぜず、一旦定期預金をする意思を撤回したことは、同被控訴人本人並びに被控訴銀行側の証人厚地重久、同三宮弘の供述が概ね一致し、動かしがたい事実である。それにも拘らず、その後間もなく同被控訴人は翻意して結局本件定期預金をし、かつ担保差入証を差入れ、また被控訴人中島利夫も同じく定期預金をし、担保差入証を差入れているのであるが、これは一体いかなる事情によるものであろうか(なお、被控訴人中島利夫が、預金前から、少なくとも本件定期預金と久富の借入債務との間に関連があることを充分認識していたことは、同本人の「厚地支店長に会つて預金が担保になるかどうか確かめた。」云々の供述自体からも明らかである)。
この点に関し、被控訴人山口一馬、同中島利夫は「厚地支店長が、本件定期預金を久富の債務の担保にしないことを確約するに至つたので本件預金をした。預金証書や本件担保差入証は、五年間定期預金を続けるという趣旨で差入れた。」旨被控訴人らの主張に副う供述をしている。しかし、控訴人のように銀行業務を営むものとしては、凡そ確実な担保なしには貸付をしないのが通常であると認められるから、一応担保差入証を徴しながらしかも該物件を担保にしない旨を別途に約するということは、不合理であつて、余程の事情がない限りそのようなことはしないものと考えられる。そして本件においては少なくとも貸付の話が持上つた当初において控訴銀行側が本件定期預金を担保にとる意向を有していたことは疑いを容れないところ、貸付直前になつて態度を急変して被控訴人ら主張のような約束をしたことを合理的に根拠づける程の格別の事情は見出せないのである。むしろ、前記証人厚地重久、同三宮弘の各証言によると、控訴銀行荒尾支店では、訴外久富のような業種の者は返済に不安があるため原則として貸付をしないのであるが、本件の場合は定期預金が担保ということで弁済が確実に期待できるので融資することに踏みきつたものであること、が認められるので、右事実に照らしても、厚地支店長が被訴人ら主張の如き確約をしたとすることは容易に首肯できない。この点や右厚地証人の証言と対比し、前記被控訴人本人らの供述部分はにわかに採用しがたい。もつとも、控訴銀行に対する預金が担保になる場合は、担保価値が確実であるから他には担保や保証をとらないのが通常であるのに(この点は前掲三宮証言で認められる)、本件久富への貸付に際しては不動産担保や連帯保証人が徴されているのは前判示のとおりであるけれども、一方前掲証拠によれば、右本件担保に供された不動産(建物)は当時時価金三五〇万ないし四〇〇万円位であり、しかも金三五〇万円の債務につき先順位の抵当権が設定されていて、すでに残存担保価値は殆どなかつたことが認められるので、本件定期預金のほかに右抵当権設定や連帯保証がなされたことをもつてしても、未だ被控訴人ら主張の如き約束を厚地支店長がしたことを裏付けるには不充分であるといわなければならない。
かえつて、前示のように、本件預金者らに対し正規の定期預金利息のほかに日歩三銭の割合の裏利息(その支払義務者が久富であると認められることは後記五、のとおり)が支払われるようになつたこと、被控訴人山口一馬が預金を決意するのと相前後して井ノ口滉らの連帯保証及び抵当権設定の話が決まつたこと、久富の日掛三、〇〇〇円の支払いは昭和三八年五月頃まで順調になされていたこと、更に井ノ口滉が同年四月二日頃、被控訴人山口一馬の勤務する生命保険会社に金額三〇〇万円の生命保険に加入したこと(この点は成立に争いない甲第四八号証により認め得る)等の事実によつて考えると、被控訴人山口一馬は一旦預金並びに担保提供を断つたものの、本件控訴銀行からの融資を強く望んでいた久富、井ノ口滉らより、他に担保をつけるから万一の場合でも心配はない、生命保険にも加入してやるから、等と説得され、これを断りきれず、かつは裏利息の魅力にもひかれて遂に本件定期預金並びに担保差入れを決意するに至つたもの、また被控訴人中島利夫は、同山口一馬から事情を聞き、当時久富の控訴銀行に対する返済状況が順調であつたことから、定期預金を担保に供しておいても担保権を実行されるおそれは少ないと判断し、利殖を図るため、被控訴人山口一馬同様本件定期預金及び担保契約に踏みきつたものと推認することも、あながち不自然ではない。また、もし前記井ノ口らの連帯保証及び抵当権設定に充分な担保力があり、控訴銀行側で他に担保をとらずに久富に融資をなし得るような事情にあつたとするならば、一度に金三〇〇万円金額の貸付がなされて然るべきであり、久富としても、控訴銀行の貸付金利息のほかに日歩三銭の裏利息の支払いを負担してまで本件預金者らに定期預金をして貰う必要はなかつたはずである(久富が、計金三〇〇万円の貸付を受けた以外に、控訴銀行もしくは本件預金者らから具体的に何らかの利益を得たことを認めるに足りる証拠はない)。それなのに、現実には、久富への貸付は本件各定期預金がなされるのと並行して金一五〇万円ずつ二回に分けて行なわれ、また久富もあえて日歩三銭の裏利息の支払いを負担しているのであつて、このことは、やはり、控訴銀行側があくまで定期預金担保でなければ融資をしない方針を貫いていたため、久富としてもやむなく裏利息支払の犠牲を払つて本件預金者らに預金を懇請したという事情であつたことを窺わせるに充分であり、この点からみても本件定期預金が実質上久富の債務の担保に供されなかつたとする根拠は乏しいといわなければならない。
以上の次第で、結局当裁判所は、本件全証拠によつても、被控訴人ら主張の如き通謀虚偽表示がなされたとの確信に達することができないので、この点の主張は失当として排斥するほかはない。
(二) 錯誤の主張について。
被控控訴人らは、本件担保契約は錯誤により無効であると主張する。しかし、被控訴人山口一馬、同中島利夫が錯誤に陥つていた旨の被控訴人の主張に副う右被控訴本人らの各供述部分はにわかに措信しがたく、他にこれを確認するに足る証拠もないので右主張は採用できない。
(三) 詐欺による取消の主張について。
控訴銀行の厚地重久が、被控訴人山口一馬、同中島利夫に対し、本件定期預金が担保でない旨嘘を言つた事実を認めがたいことは、前記(一)で説示したとおりである。よつて、その余の点につき判断するまでもなく、被控訴人らの詐欺による取消の主張は失当である。
四 よつて、被控訴人らの再抗弁は理由がなく、本件担保契約は有効に成立したというべきところ、《証拠》を総合すると、訴外久富が控訴銀行からの本件借入金二口計金三〇〇万円の債務の履行を怠り期限の利益を失つたので、控訴銀行は、本件預金者らに対し、昭和三八年一〇月頃、本件担保契約にもとづき担保権を実行する旨を通知したうえ、右担保契約の趣旨に従い、同年一一月九日付で本件各定期預金契約を解約し該預金債権をもつて久富の債務に充当する手続をしてその決済をしたこと、そして、定期預金契約を期限到来前に解約したときには利息は普通預金の利率となるので、結局、本件昭和三七年一二月二七日預入れ分の定期預金はその被担保債務元利金一四六万八、三二四円に充当されて残額が金五万九、一六七円となり、昭和三八年三月一五日預入れ分の定期預金はその被担保債務元利金一五〇万九、三九六円に充当されて残額が金六、〇二一円となつたこと、そこで、控訴銀行は、右各預金残額をその頃前記被控訴人山口一馬、同中島利夫の普通預金口座に振込むことにより本件各預金者らに支払いを了したこと、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
してみると、本件定期預金債権(但し裏利息の関係を除く)は、右担保権の実行及び残額の弁済により、全部消滅したものというべきである。
五 裏利息について。
当裁判所も、控訴銀行が本件預金者らに対し日歩三銭の割合の裏利息を支払う旨約したとは認められず、従つて控訴銀行は右裏利息を支払う義務を負うものではないと判断する。そして、その理由は右の点に関し原判決の説示するところと同一であるからこれを引用する(原判決一四枚目裏六行目から一六枚目表一行目まで)。当審での被控訴人本人山口一馬、同中島利夫各尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたく、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
六 結び。
以上説示のとおりで、被控訴人らの控訴銀行に対する本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく全部理由がないからこれを棄却すべきであり、原判決中被控訴人らの請求を一部認容した部分は失当であるからこれを取消して右請求を棄却